column12 2021

 

2021.7.12

 


★ 西式健康法と出会う

 

 

 若者はスポーツ美容ならともかく中高年が気にする健康法には関心なんぞない、但し、生まれつき身体が弱かったり、何か病気や怪我があったりした場合はこの限りではない。自分の場合もまた思いがけない病に見舞われたことがきっかけとなった

 

 病気の発症には何か原因がある、風邪は万病の源という事を身をもって知った災事だった。その昔ノーヘルメットで原付バイクが走れた、髪をなびかせ風を切って走る爽快感にはまっていた、大学のある京都から滋賀奈良へと近郊はどこへでもバイクを走らせていた、アルバイトもバイクが乗れる中華店の出前持ちをしていた。梅雨の間、濡れることも厭わずバイクを走らせる日々、風邪気味ではあったが、ほっといても大丈夫と高を括っていたが、状態は少しづつ悪くなり、微熱と喉の痛みが10日以上も続き、朝起きると手足がむくんでる様子がおかしいと思いはしたが、病院にも行かず数日経過するうちに顔瞼あたりの浮腫がひどくなっていった、これは只事ではないと病院に駆けこんだ時にはもう手遅れで緊急入院となってしまった。もっと早くに気づき静養すればよかったのだが、大学の授業も武術の稽古、アルバイト、ツーリング、友人との飲み会と忙しいなか休むという選択ができなかった、若さゆえの過信、無知とは恐ろしい ・・・

  

 検査の結果、急性腎炎(ネフローゼ症)と診断され絶対安静を言い渡された。腎炎そのものを、根本的に治す薬というものはなく、安静と食事療法が主体となる。水分、塩分、たんぱく質が制限されるので病院食は味気ない。高血圧やむくみに対しては、それぞれ降圧薬や利尿薬が用いられる。子どもでは治る確率が高いが、年齢が上になるほど慢性化する率が多くなり、最終的には透析に到る恐ろしい病気だ

 

 透析なんて聞いたこともなかったが、同室に腎不全の人がいたことでその恐ろしさを目の当たりにすることになった。普段は元気そうなのだが、週3回4時間の透析後は、顔色はどす黒く頬はこけ、げっそりと憔悴しきって帰ってくる、まるで中世の拷問でも受けたかのような衰弱ぶりで何とも恐ろしい、その方も急性から慢性にその後尿毒症になったそうでこの病気は臓器移植の他は特効薬も治療法もない、透析も腎機能を代替するだけのもので一生続けなければならないと聞いた時には真剣にこれは何とかしなければと強く思った。担当医にもいつ頃退院できるか退院後には以前と同じように活動できるか聞くと検査数値が平常値にならないと難しい、この病気は長く付き合いながらコントロールしていくのが大事だからあまり焦らないようにと言われた

 

 現代医学では小康状態を保ち運が良ければ治るだろうという日和見的な治療が基本なので、根治のためには自助努力を含めたそれ以外の方法を模索しなければと考えていたある日、待合室の書架に小冊子が挟まっているのを見つけた、それは*「西式健康法」の理論実践治験例を簡単にまとめたリーフレットで、人間本来の自然良能を発現して諸病を治す、その実践と理論が記載されていた。少年期は公害問題が世情を騒がせ、「ゴジラVSヘドラ」という映画まで作られていた時代、経済優先唯物主義が公害を起こし、食品を大量生産保存するために多くの薬品が使用され、人間の暮らしが自然からドンドン遠ざかることに不信を抱いていたので、自然良能で病気を治すしかも自助努力であることに大いに魅力を感じた。〇神さまを拝めば治るとか〇〇を飲めば癌が消えるとか信じるものは救われる式の民間療法が苦手だったので、古今東西7万3千にものぼる医科学文献を研究し、皮膚、栄養、四肢、精神の4つの因子を調えて治病健康へ導く方法論に科学的な合理性があるように思えた。西式は生活全般にわたって改善する総合健康法であり、毛管金魚背腹運動など入院中もベッド上でやれるものは早速始めることにした

 

 

  西勝造 氏(1884~1959)により創始される、直立歩行、衣服の着用、火(過)食等の文明生活が生命力を弱める、よって自然に則した生活に戻すために、「平床」「硬枕」「金魚運動」「毛管運動」「合掌合蹠運動」「背腹運動」の六大法則及び薄着、裸での皮膚鍛錬、温冷交互浴、断食や生菜食などの食生活の改善などで自然治癒力を賦活させるとした

 

 

 入院一ヶ月で浮腫みが取れ、尿中タンパク質の+数値が低くなった頃合に何とか退院の許可が下りた、副作用の強い副腎皮質ステロイドの服薬と運動の禁止はあったが、自宅に戻れたので、西医学を本格的に始めることができるようになった。西会会員になり、参考書籍を購入、六大法則から着々と実践した。特に腎臓病は足の故障からなるという説に心当たりがあったので、それの改善のため毛管運動は特に熱心に行った。書籍だけでわからない点は、上京荒神橋の西会京都支部に足を運び、支部長の広瀬先生から直接指導を受けた、また断食療法の第一人者であった八尾の甲田先生の講演会にも通って理論と実践の勉強も怠らなかった

 

 一ヶ月後の定期検査にて数値がよくなっていたので、根治のためにとっておきの療法を実行することにした。それは*完全生菜食療法、葉っぱ根のもの10種類位の野菜を生のまま泥状にしたものだけを摂り、煮炊きしたものは一切摂らないのである。すり鉢でゴロゴロと野菜をすりつぶして草の味しかしないドロドロ青汁を食べること一週間、体重は毎日減り続け、やせ細っていく、顔色は悪くやつれていく様子を鏡で見ても決心は変わらずやり通した。生水生野菜以外の煮炊きしたもの科学薬品も一切摂取できないので、ステロイドの服薬も止めた、医師の許可はなかったが、この副作用の強い薬を早く止めたかった

 

 

 * 生菜食療法は、宿便の排除、体質の改善、グローミューの再生補強、血液リンパ液の浄化、組織細胞への活力の寄与、細胞の新成などの働きがあり、胃腸疾患、循環機能不全症、腎臓疾患、高血圧症、低血圧症、糖尿病、脂肪過多症、肥満症、脳溢血、神経痛、リュウマチ、結核、喘息、皮膚病、その他の疾患に奇効を奏する

 

 

 尿中蛋白を濃淡で検査できるリトマス紙で毎朝チェックしていたのだが、色合いが薄くなっていたので、確実に良くなっている実感はあった。体力的にはかなり辛かったが、自分を励まし、温冷浴、裸療法、合掌行、砂地歩行なども実践した。回復食を一週間そしてもう一週間生食に復すること一ヶ月後に病院で検査をすると尿中蛋白が(-)になっており、担当医が首をかしげたので内心  ” ヨシ! ” と手を叩かずにはいられなかった。その後二ヶ月減薬を続け(医師が処方を止めてくれなかったので、実際は一切飲まず廃棄した、病院は儲かるが医療費の無駄だ)ついに完治ということで通院することもなくなった。その後現在に至るまで毎年検診で尿検査をするが、(-)で根治している。その後自宅断食を定期的に1週間やったり、「西医学実践宝典」に記載されている各種療法を行った、例えば股展法弓弦法などヨガのアサナと同じものもあり、西式からヨガや瞑想など次々と派生させることができた。まさに西式は総合性の高い健康法であると自信を持って宣言できる。特に毛管運動はヨガのハラアサナやチベット体操第二式の後にやるのに丁度良いので今も折に触れてやっている。これをすると足首の故障に気づくことがある、それが風邪と腎臓病に関連している事を西医学では以下のように解説している

 

 

  ※ 俗説に「馬鹿は風邪をひかない」といわれますが、真実は「足に故障のないものは風邪をひかない」のであります。一般に足に故障を持つ人はキングポットの法則により、喉に炎症を持っています。そしてこうした人達が風邪をひきますと、その喉の炎症部に溶血性連鎖状球菌(溶連菌)などが付着、増殖します。そうしますと、溶連菌から多くの毒素が排出され、この毒素が腎臓を剌激してIGAという抗体を誘発し、ここに免疫反応が起ります。つまり、毒素が抗原となり、IGAが抗体として反応し、結果として尿に蛋白や赤血球が混って出てくるというのです。ですから慢性腎炎の大部分の方は、風邪をひく毎に病状が悪化したり、好転していた容態もぶり返すといったことになります

 

 

 人の世に寿命がある以上万病が治る健康法などありえない、西式も効果の有無は諸要件によって違ってくる。確実なのは暖衣飽食を止めて原始的な暮らしに戻れという難行道であること、それができるのは強い意志が必要で、自分の場合は透析になりたくないという一念が頑張らせてくれたのだと思う、それほど透析は患者の身体精神にも日常生活にも大きな負担を与えていると見えた。あれから40年以上も経っているのに透析患者はなぜ減らないのだろう?医学は年々進歩しているのではないか?

 

 欧米では一般ボランティアがコロナワクチンの接種をできるよう法改正したが、それを日本ではやらないように反対したのが医師会だというが?筋肉注射など歯科医獣医助産師鍼灸師救命士理療士等々・・医療系技術職ならば皆できるはずであるが、国民の命より自分らの権益が大事なのか?透析に関しても製薬業界医療界が腐敗しているのではないかと思える気になるニュース(下記抜粋)を目にした

 

 腎臓病の患者のなかでも透析をやっている人の割合は、アメリカ韓国は40%、ヨーロッパは50%、日本は極めて高く、95%である。透析にかかる医療費は、年間1兆6000億円に上ると推計されており、総医療費の4%を占める。透析患者がこのまま増え続ければ、社会保障の財政運営が危機に瀕するだろう。国費で賄われる透析患者は病院のドル箱であり、造血剤などが製薬会社の主要収益になっており、両者が結託して患者数を減らす努力をしていないのではなかろうか?要は「死にかけている人を救うこと」よりその前の段階で「死にかけないようにする」ことが大事なのにこれに取り組んでいるようにはどうしても見えない。例えば機械の故障をメンテナンスする事と故障をしない機械を製造する事の両方が機能しないと問題の解決にはならない。それには全ての医療関係者及び患者自身が功利欲得を超えて " 生命の本質 " に真摯に向き合わねばならないのではないか …

 

 

 最後になったが、西医学は巷間にある単なる健康法でない、西勝造が中核に据えたのは漢洋医術の幣を改め日本古医道を復興した權田直助の研究であり、そこには古神道の蘊奥と仏教哲学が含まれる。療法には 「自然随順」「身心一如」の精神が貫かれ、飽食美食に流されず質素少食に努める暮らしを実践していく中で、「私とは?」を知る内観に行き着く。我儘を正当化するために何か理由をつけたりする心の弱さに向き合わなければならず、自己の性根を知るきっかけとなる。自分とは何か?を見いだし、本来のマインドをはっきりと知るという、受容と目覚めの魂の修行である。フカフカのベッドで休みお酒を飲み美味しい食事を満腹食べたい自分、それが本来の自分のマインドなのかという問いかけが起こる、もちろん健康になることもだが、そこで本当の自我(真我)への目覚めも求むべき座標となる

 

 禅機武風で云えば 「分別揀択から離れ後来習態の容形を除き、本来清明の恒体に復す・・」 我欲我執の楔から解かれ、身心脱落へと向かうことになる。ラマナ・マハルシの教えでは、このような譬えられる。あなたの本性(真我)は、映画を見に来て、映画のなかの一挙手一動作に一喜一憂している観客を、その後ろから眺めている映写技師のようなものである。彼は映画が上映されているあいだそこにいて、映画の内容に興味をしめすことなく、いちばん後ろから静かに、映画に一喜一憂する観客(あなたのマインド)を見守っている。それがあなたの本性(真我)である。静かな心によって存在-意識を絶えず経験している状態、それこそがサマーディ、自我のない静寂だけが真理の知識の頂点、マウナ・サマーディ(沈黙のサマーディ)だと賢者たちは言う。無我の状態であるマウナ・サマーディに達するまでは、「私」を消滅させることだけをあなたの目的として探究しなさい。「あるがままに ラマナ・マハルシの教え」

 

 

  

 

※ 透析に関する武田邦彦氏の虎ノ門ニュースでの発言要旨・・・  1970年には殆どなかった透析患者数が90年代には10万人になり、更に現在では40万人に増えた理由を極論すれば、透析機械を売り、高額な透析機械の投資を回収するためのものと考えればわかりやすい。また、治療において患者に処方される薬も長い目で見れば患者を透析に追い込む一因となっている。透析患者が増えた原因は糖尿病が増えたこと。これが一番大きい。糖尿病を減らすには飽食過食を止めることだ。それは「食」の改善にしかない。また現代医学の過剰医療を適正化することも透析患者減少への根本対策である。何故なら目先の対症療法でしかない治療行為が長い目で見て透析の増える原因になっているからだ。医師の努力は多とするが、西洋医学は「死にかけた人を助ける」が中心テーマになっており、患者の健康や救済には役立っていないのが実体だ。何故なら現代医学の治療は概ね人間の免疫系を弱めるものだからだ。現代医学には功績はあるが、むしろ問題の方が多い。現代の医療システムも問題だ。腎臓病患者に対する通常の治療は一般に高額で、その上、三割の自己負担があるが、人工透析に入った途端に全額国庫負担になる。これが安易な透析治療への移行への動機になっていないだろうか。確証はないが、人工透析患者は年間500万円の治療費がかかるので、この治療費を目当てにした「患者の売り買い」が行われているという話が昔からある。真偽はともかく、こういったことに本当にメスを入れてほしい・・。